ただ、軽いユーモアや「ちょっといい話」を話の端々に交えておくといい。
スピーチを作る際に良いヒントとなるのは、落語の構成である。
最初に軽く話のマクラを入れておき、軽快なテンポで話を具体的に展開してから、最後に軽いオチをつける。
それを心がけるだけで、ずいぶんメリハリが利いた印象的なスピーチができる。
Iさんは、立て板に水を流すような達弁でこそなかったが、その話し方には人柄がよく表れていた。
英語でスピーチをする際には、私のほうで用意しておいた草稿の上にさんざん手を入れて「自分の言葉」にしてから使う。
だからこそ、その人となりや面白さもにじみ出てくるのだ。
人が書いた言葉を棒読みすると、たとえその原稿がどれほどよく書けていても、聞いているほうにはいまひとつ面白く感じられないものである。
一方、使い慣れていない種類のジョークの受け売りは危険だ。
特に政治や宗教に関するものは避けたい。
相手の思想や背景によっては、笑えないどころか逆に感情を害するおそれもある。
アメリカには他の民族を笑い物にしたショークがよくあるが、これについても同様である。
こういうネタを使うのは、その場にいる人や場の雰囲気をよく考えられるだけのアタマがない人には無理だろう。
それでは、どのようなユーモアなら使いやすいか。
ポイントを三つほどあげておこう。
1自分を笑うユーモア。
作家の故・遠藤周作氏は、講演で「皆さんが本を買ってくださるおかげで、子どもに運動靴が買えますよ」と言って受けをとっていた。
その後テレビでも同じことを言っていたので、このジョークは氏の持ちネタだったのだろう。
このように自分自身を笑い物にするユーモアなら、他の人を傷つける心配なく使える。
2逆転させてみると面白い。
1984年の米国大統領選挙の候補者討論会でのこと。
高齢のレーガン大統領を館楡する質問に対して、当の大統領はこのように言ってやり返した。
「私は年齢問題を選挙の争点にするつもりはありません。
つまり、政治目的のために、対立候補の若さや経験の乏しさを利用したくありません…」この巧妙な切り返しに会場は大受け。
逆転の面白さを見事に使った話術である。
3似ているもの同士に感じる親近感と笑い。
人間は、何か似ているものに対して親近感をもったり、微笑んだりするようだ。
K氏が1997年のベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞したときに、その授賞式の挨拶で「日本とイタリアで今度は一緒に映画を作ってアメリカに攻め込もう」というジョークを使っていた。
しかし、「戦争に行こう」というような英語で言ったせいもあって、残念なことに受けはとれなかった。
しかし、このジョークもわかる人にはわかる、と私は思った。
かつて自衛官だった私の父が米国に出張に行ったとき、そこで西ドイツ軍(当時)の将校から「いつかアメリカなんかやっつけてやろう」と声をかけられて意気投合したという話を聞いたことがあるが、ついそれを思い出してしまった。
どちらも今では米国の同盟国なのに、かつて三国同盟を組んでともにアメリカに敗れたもの同士という親近感による妙なおかしさがそこにはあった。
ただし、北野氏のあのジョークは、アメリカを含む様々な国々の人が参加している国際舞台で言うには、ちょっと具合の悪い内容だった。
他の状況で使えば、もっとうまく受けるネタかもしれない。
しかし北野氏は、さすがにお笑いのプロである。
帰国後の記者会見で「金獅子賞のトロフィーを見せてください」と言われると、現地で売っているみやげ物か何かだろう、かなり小さなミニチュアの金獅子像を出して見せて笑いを誘っていた。
ソニーを辞めたあとに、ある会社の方からスピーチ原稿の翻訳を依頼されたことがある。
そのときはあまり堅苦しい席での演説でもなかったので、その会社の豊富なエピソードの中から面白そうなものを話の「マクラ」に選んで冒頭に盛り込ませてもらったところ、そのあとで依頼者の方から電話があった。
なんでも、その話のマクラに会場は大爆笑、そのあとに続いた演説もなごやかな雰囲気で聞いてもらえたという。
なお、そこでどういう話を使ったかについては、フリーランス翻訳者としての私の営業上の秘密ということにさせていただこう。
それほど出来の良い話でなくても、ジョークのひとつでも入れておけば、相手が社交上手なアメリカ人など付き合い良く笑ってくれる。
そういう工夫をするだけで、聴衆と話し手の距離はぐっと近づくのだ。
こういったことも、Iさんの英語屋という仕事を通して得られたひとつの成果である。
なお、通訳としての豊富な経験と幅広い教養から、M氏が米英の政治家などのユーモアについて面白く解説した本が出ている(『だから英語は面白いヽ/・会話上手はユーモアから』『リーダーたちのユーモア』ともにPHP研究所)。
国際舞台でのコミュニケーションにおけるユーモアの役割を知りたい向きにはお勧めの好著である。
スピーチ原稿を用意する際のちょっとした配慮蛇足かもしれないが、最後にスピーチのスクフト(原稿)を用意する際の配慮についていくつか書いておこう。
フォント(書体)は、できる限り大きくて読みやすいものを選んで使う。
読み于の好みに合わせておくといいだろう。
行間隔はダブルスペース(2行間隔)またはそれ以上に空けておけば、読みやすいばかりでなく、あとから訂正などを書き込むのに便利だ。
大切なポイントとして、原稿をすらすらと読み進められるように、フグラフ(段落)の途中ではけっしてページを変えないこと。
つまり、たとえ2、3行の余白が残っていても、段落が途中で切れるようなら、段落ごと次のページに送ったほうが読みやすい。
このほか、あらかじめ話し手に声を出して原稿を読んでもらった上で、読みにくい単語にカタカナで発音をふったり、息継ぎしたほうがいい箇所には斜線を入れておくと、いざ本番のときに、よどみなくスピーチができる。
なお最近では、わが国の政治家や企業人なども、演説する際に「プロンプター(原稿映写装置)」と呼ばれる装置を使っている姿を見かけるようになった。
演台に立っている話者の左右斜め前方に透明なセルロイド板が立っているのをご覧になったことがあるだろうか。
あの装置である。
聴衆からは見えないが、話し手は、その透明板に投影された原稿を読んでいる。
紙に書いた原稿を使う場合、演説に不慣れな人は視線を下方に落としたままになるので、いかにも原稿を棒読みしているような印象を聴衆に与えてしまう。
しかし、このプロンプターを使えば、視線を聴衆に向けながら演説することができる。
演説に説得力をもたせるためには、こういう装置を使うのもひとつの方法かもしれない。
初めての海外出張Iさんの英語屋になってから1年くらいたったころ、私はいよいよ海外出張のお供について行くことになった。
目的地はアメリカ。
英語屋として活躍すべき場所ではある。
だが私は、ちょっとというよりも、かなり心配だった。
私にはそれまで、海外での生活経験がまったくなかった。
海外旅行にしたって、大学の卒業旅行で2週間ほど米国の名所を回っただけ…。
海外への出張は今回が初めて。
こんなボクに随員の役が務まるのだろうか。
秘書のKさんは、心配顔の私を安心させるようにこう言った。
「大丈夫よ…。」
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